カテゴリ:目覚めの意識( 22 )

ぜんかいのブログで
じぶんは「ばあば世代」なんだと
自覚したおはなしをしましたが
じっさい、ここさいきん
せっしているかたがたは
おまごさんのいるかたがおおい、
ということを
きょう知りました。

お若いかたがたばかりなのですが…
なんだかふしぎなながれです。

きょう、あるかたが

「もう、このとしになったら
まごより、じぶんよ!
まごにいいものたべさせるまえに
老い先みじかいわたしたちが
いいものたべなくちゃ!」

といわれていました。

そうかぁ、そういうかんがえもあるんだなぁ
じぶんを大事にする視点だなぁ

それをきいていた、おまごさん優先だったかたも

きょうはべんきょうになったわ!

といわれていました。

「おやが、こどもにしてあげればいい
わたしたち(ばあば)はもう、すきにしていい」

というご意見。
じっさい、わたしもばあばになったら
そうおもうのだろうか。
きょうみがあります。


…はなしはかわって…

せんじつ、くすりを収納しているひきだしの
不用品を処分していました。

でてくるでてくる、こどものくすり。
ほぼ、長女のです。
ちょっとまえに、だいぶ処分したつもりだったのに。

それをみて
それぞれに、受診したときのことをおもいだし

あ~、わたし、がんばってきたなぁ…

と、はじめておもいました。

あんまり、過去をふりかえっても
こどもたちにたいしては
たいしたことをしていない、としか
おもわなかったのですが
こんなに医者にかかっていたんだなぁ、と
それぞれにたいへんだった感覚が
ふとよみがえってきました。

よくやってきたよね!

と、こころからじぶんをねぎらったとき
じぶんじしんがとても満たされたきもちになり

ちゃんと、こどもたちにひつようなことをしてきたじぶん

に、あらためてフォーカスすることができました。

こどものためなんだから
こうしてあげるのが、あたりまえ

そのときは、そうとすらおもっておらず
無意識にこどものために
いろんなことをしています。

でも、それをあらためて俯瞰でながめたときに
かなりの手間とじかんをさいていて
いろんなことをやりくりしながら
こどもについやしているということを実感しました。

それを、ここまでしてきたじぶんを
くすりをとおして客観的にみつめられ
そんなじぶんを、こころからみとめることができたのは
この日の恩恵でした。

ちなみにそのあと
「ヒカリノコトバ」の
オーダーをいただきました。

くすりを処分して
空いたスペースに
あたらしい恩恵がはいってくる!

そんなこともたいけんした
すてきないちにちでした☆




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by carta-de-mami | 2018-04-14 22:37 | 目覚めの意識 | Comments(0)
8日(木)、長女の高校の卒業式。
19日(月)、次女の中学の卒業式。

それぞれ、ぶじおわりました。

中学は、受付をすると
こどもからかぞくにあてたてがみが
わたされます。

こんかい、それをうけとって
長女のときもそれをもらっていたことを
おもいだしました。

そして、そこにかいてあった一文が
ぱっと脳裏にうかびました。

『志望校を変更したいといったとき
ゆるしてくれてありがとう』

それをよんだとき、わかったのです。
おやのことばが、いかに
こどもにとって重いものか。

中3の10月にがっこうへいかなくなった長女は
その直後、志望校をちがうがっこうにしたいといいました。

それまでは、主人が
「ぜったいここにはいれ」
と、どこまで本気かわからないような進学校をあげて
長女もそこを志望校にしていました。
ほんにんもいきたいからそうしているとおもっていました。

がっこうにいかなくなった直後に変更したいといわれたとき
ぜったいそうしたほうがいいとおもいました。

そのことを事後報告で主人にいったら
あっさりうけいれたところをみると
「ぜったいここにはいれ」
ということばが、いかに軽かったかというのがわかります。

なにげない、そのことばに
長女はずっとしばられ
それなりのプレッシャーをかんじていたらしく
「志望校をかえてきもちがらくになった」
と、受験のあとにいっていたのをおぼえています。

そして、卒業式にうけとったてがみ。

志望校をきめるのは、ほんにんなのに
パパのきもちにこたえなくちゃいけないって
おもいこませていたんだなぁ

と、とうじ気づいてやれなかったことを
ちょっとこうかいしました。

そして、長女は、美術をまなぶ高校へ入学。

そのあと、中2のときの担任だったせんせいと
おはなししたときに

「Sさん(長女)、初志貫徹ですね!」

といわれました。

すっかりわすれていたのですが、
中2の三者面談ですでに長女は
美術のべんきょうをしたいといっていた、と
そのせんせいはおぼえていてくださいました。

いわれてはじめて

は!!
そうだったかも!!

とぼんやりおもいだしました。

長女はずっと、美術のべんきょうをちゃんとしてみたい、と
わたしにいっていたのですが
高校は普通科にいってもいいんじゃない?
なんてへんじをしており、長女もそれでなっとくしていると
おもっていたのです。

長女にとっては、初志貫徹するための
たいせつなプロセスとして、
がっこうにいかない期間があったのだとすら
かんじています。

だからこそ、おもうのです。

こどもがやりたいとおもうことを
させてあげればいいだけ。

みんなとおなじにできないきかんがあっても
そのこにとっては、たいせつなきかん。

しっぱいもせいこうもなく
ただ、それはその子にひつような
人生のプロセスだと。

中学校の卒業式であったママ友は
こどもたちがふたりとも同級生で
上のおこさんがらいねんもういちど大学受験とのこと。

ナカガワ家、いいなぁ~~~~!!

といわれたので

うちはほっといただけだよ、
すきにやらせてただけ
わたしはなんにもしてない

とはなしたら

うちも、なんにもいわなきゃいいのか!

といってました。
ほんとにそうおもいます。

うちの次女が進路をきめるにあたっても
わたしはただ、しんじただけでした。

「長女だけでなく次女にも
じぶんできめるちからがある」

と観察したのです。

中3の一学期まで志望校をきめられなかった次女が
二学期に入ってじぶんから
ここにいきたい
と、長女とおなじ学校をあげたときには
しょうじきびっくりしました。

ほんとうにそこでいいのか、
しつこくききました。
でも、ほんにんのけっしんはかたい。

こうしたい、という意志が
こどもにあることがだいじで
それがないほうがおやはしんどい、という
たいけんもしました。

でも、それはじぶんが
「進路をきめられないその子」を
創造しているのであって
「ちゃんとじぶんできめられるその子」を
ただしんじていれば、
ちゃんとじぶんできめてくれます。

実証済みです。

じぶんできめたゴールにむかって
じぶんでどうしていくか、をきめる。
こども自身がきめたことを
ただサポートするだけ。

こどものためにわたしができることは
いい観察をしてあげること。

こどもが不安をくちにしたら
だいじょうぶだよ、とこころからいってあげること。
おやのことばの影響力は絶大です☆




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by carta-de-mami | 2018-03-21 22:11 | 目覚めの意識 | Comments(0)
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ならべてあった、湯島天神のおふだ。

うちのふたりの受験生の合格祈願。

3月1日には、都立高校の合格発表があり
次女の進路がきまりました。

よくじつ2日には
ほりゅうだった長女の進路がきまりました。

試験のぜんじつが皆既月食の満月。
この合格発表があったのも、満月。
うちゅうのながれにのって、のことだと
かんじずにはいられませんでした。

長女から合格のれんらくがあったあとは

「かみさま、ありがとうございます…!!」

と、なんどもなんどもおれいをいいました。

ただ、わたしのなかには
「だいじょぶじゃないかな」
というかんかくが
いつもありました。

長女は第一志望の学校に受かるきがする。
それをほんにんにもいってました。

けっかはすぐにはでなかったけど
さいしゅうてきに、そうなりました。

『わかっている』かんかく、だったのです。

だから受験のじゅんび期間も
うちはいつもとまったくかわらなかったし
こどもたちもすきなようにすごしていて
高校受験の前日は、いろんなひとの数秘のはなしで
もりあがっていたりして。

なにをすれば、じぶんのきぼうどおりになるのか
こどもたちをみていると、親がなにかしなくても
ちゃんとわかっているのをかんじました。

わたしは、そのおてつだいをしただけでした。

それでよかったのだ、と
かくしんがもてました。

これからは、ふたりの入学てつづきやじゅんびがあり
まだまだおちつくのはさきですが
ふたりに
じぶんのやれることをじゅうぶんにしてあげられた、
という
達成感と満足感をかんじています☆




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by carta-de-mami | 2018-03-03 23:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)
せんじつ、ブログにわたしとの会話を
アップしてくれています。


ちいちゃんは、さくねん12月に
念願だったあかちゃんを
ごしゅっさんされました。

育児がはじまって2か月。
日々、いろんなきづきがあり
ちゃくじつに、人間性がひろがっているのをかんじます。

かつてわたしは、育児でくるしんだけいけんがあり
いつもこどもとかかわることは
じぶんのぎりぎりの感情をあじわうことだともかんじます。

それはながいこと、きびしいじかんでした。

こどもがそだち、3年前の長女の不登校をへて
わたしにとっての「こども」のそんざいは
まったくべつのものにかわりました。

せんじつのブログでは
受験ぜんじつのできごとをアップしましたが
こんかいは、合格発表のぜんじつのことです。

次女がもうすぐ高校受験なので
そのわだいになって
わたしが長女に

「あんたはあのときは
すきなじかんにおきて
すきなじかんにめし食って
まいにちすきにやってたよね~」

といったら
長女が

「ほんとにあのときは
ニートみたいなせいかつしてたけど
それにたいしてなんにもいわれなかったのは
ほんとにありがたかったんだぞ」

と…
あのとうじのことを、こんなふうに
長女からきいたのは
はじめてのことでした。
ずっと、あのころのことを
ほんにんはどうかんがえてるのかわからないけど
まぁべつにいいとおもっていました。

じぶんがあの状況でベストな選択ができた、というだけで
じゅうぶんだったからです。

それで3年間の高校生活をみまもってきて
受験もほぼほぼおわったころにきいた、
とうじのきもち。

そうだったのかぁ…と
しずかにうけとめました。

その翌日、第二志望の大学の合格がわかり
また3人ではなしていたときのこと。

中学を長期にわたり欠席しているばあい
卒業前に校長と三者面談をしなくてはならない
というきまりがあります。
せいしきな面談の名称はおぼえていませんが。
そのときのはなしを長女がきゅうにはじめ

「ママが校長に、

わたしはがっこうにいきたくないといってるこどもを
むりにがっこうにいかせるつもりはない
いきたくないなら、いかなくていいとおもってる

っていってて
それきいたとき

うちのおや、すげぇ!っておもった」

といいました。

あのとうじ、こころからそうおもっていたので
なんのためにやるのかわからない面談によばれて
なんのコメントをもとめられてるのか
主旨がよくわからない場で
おもってることをそのままいっただけ、というのが
しょうじきなところですが
こうして長女の口からあらためてきかされると
校長にすげーこといってたな、オレ…とおもわされました。

そして、やはり
どんな状況でもこどもをしんじて
社会的にどうとかみんながどうとかいうことを
いっさい除外できていたからこそ
こどもからのしんらいを得られたのだとかんじました。

じぶんをすてて
全身全霊でこどもをしんらいしたけっか
こどもからのゆるぎないしんらいを
えられたのだとかんじます。

そのよくじつには
長女にこんなこともいわれました。

「なんだかんだ、もんくいいながら
けっきょくさいごはぜんぶゆるしてくれる
ママのおとこまえなところ、だいすきだよ!」

長女がいま
わたしにおくってくれるギフトが
つぎつぎにやってきて
3年のじかんをこえて
それをうけとれていることが
たまらなくしあわせです。

ながいこと、育児にくるしんでいたわたしですが
さいきん、女子高生のお孫さんがいるかたが

「わたしはおとこしかそだててないけど
おんなのこってたいへんね~!
おんなのこふたりってたいへんじゃない??」

とわたしにいってこられたのですが
あ~、そうですかぁ…としか
いえませんでした。

こどもとのむきあいかたを
もうしっている。

こどもたちからうけとった
すばらしいギフトでした☆





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by carta-de-mami | 2018-02-12 18:18 | 目覚めの意識 | Comments(0)
はやいものでもう、2月も10日となりました。

わがやには、ふたりの受験生がいて
それぞれ、大学と高校の進学にむけて
じゅんびをしていまして
ひとあしさきに、大学はすべて試験は終了し
けっかを待つのみとなっています。

とりあえず、第二志望の大学は
合格しています。
なので、長女の受験は
わたしのなかで、8割おわってるかんかくです。

高校は今月末に受験があり、
まだしばらくつづきますが
だいぶらくになったところです。

その、第二志望の大学の受験前日。
長女をむかえにいったそのあしで
近所のドラッグストアへ。
そこは長女の小学校、中学校の同級生がなんにんも
アルバイトをしているおみせです。

いろんなばしょでおはなししていますが
長女は中3のときに半年間、がっこうにいきませんでした。
すこしまえまで、同級生とそのへんででくわすことを
とってもいやがっていました。

そのおみせには、そのひ
小学校からの同級生、Yくん、Sくんがはたらいていることを
しっていたので、長女にいってみました。
Yくんは、小3のころ、よくうちにあそびにきていた子。
Sくんは小学校6年間おなじクラスだった子。

車でまってる、というかとおもいきや
「いってみようかな」
と、いっしょに店内へ。

レジにYくん。
おきゃくさんがとぎれたタイミングで
Yくんのところにいく長女…

すこしはなれたところで
そのようすをみていました。

えがおでYくんのかおをのぞきこみ
はなしかけている。
かおはみえないけど、ちょっとおどろいて
でも、やっぱりえがおで
長女にこたえているようすのYくん。

それをみて、むねがいっぱいになりました。

当時のことなんて、まるでかんけいなく
長女にせっしてくれる、やさしいYくん

この3年で長女は、じぶんにかなりじしんがもてるようになったんだなぁ
というより、小学生のころの、のびのびしていた
ほんらいの長女にもどってるんだな

そんなことをかんじていると
長女がわたしのところにもどってきたので

奥でSくんが品出ししているよ!

というと、
えんりょしながらもSくんのところにもいき、
わらいながらたのしそうにはなしているようすを
またすこしはなれたところから
みていました。

かつての同級生と、こんなふうに
えがおでむかいあうようすを
まぢかでみられるなんて。

そういや、Sくんはよく長女のことをしんぱいして
おうちでも「あいつ、きょうもがっこうにこなかった」って
はなしていたときいていたなぁ。
Sくんもやさしいんだよなぁ。
いいこたちだよなぁ…

そんなふうに当時をいろいろおもいだしながら
その光景をながめていました。

それが、受験の前日。
1月31日のこと。
皆既月食の満月の日でした。

3年前のできごとをのりこえて
3年後に、こんなしあわせなギフトがとどくなんて…

うれしいきもちでいっぱいでした。

そのあと、塾に行った次女をむかえにいき
かえってから皆既月食をふたりでみました。

まだつもっている雪を
くつのそこでふむかんしょくをたのしみながら
あかい月をみておしゃべりしてすごしました。

こんなふうにふたりで
皆既月食をみるのは
これがさいごかもしれない、とおもいながら。

このささやかなひとときに
無限のしあわせをかんじていました。

宇宙、ありがとう!
宇宙、ありがとう!!

こんなにしあわせなじかんを
どうもありがとう☆

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長女をむかえにいき
まってるあいだ車のなかでさつえいした
皆既月食まえの満月です。
ちからづよい☆




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by carta-de-mami | 2018-02-10 22:44 | 目覚めの意識 | Comments(0)

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ブログをみにきてくださっているみなさま

あけましておめでとうございます☆

なかなか更新できずにいますが
すこしずつ再開できたらとおもいます。

12日(金)の
「ヒカリノラボ」にむけて
おつたえするないようをまとめていました。

この日のテーマを
「意図のちから」としていたのですが
じぶんの数々のたいけんをふりかえったら

✨✨✨目覚めのたいけんそのもの✨✨✨

であったことがわかりました。

それらをまとめているときに
かんじたのです。

『目覚めのフィールド』のエネルギー。

それは、いつもかんじていたものですが
きょうはもっとダイレクトに
じぶんのエネルギーとして、かんじました。

とーーーーーーってもかろやかで
はてしなく、やさしい。

そのここちよいエネルギーを体感しているうちに

わたしは、「目覚め」にであえて
ほんとうにしあわせだなぁ…

と、しみじみ幸福感にひたっていました。

そして、この幸福感を
たくさんのひとにつたえていきたい

そうおもったのです。

いままでの「つたえていく」といういしきとは
まるで質のちがうものになっていました。

そうかぁ、これだけでよかったんだなぁ。
この感覚で、いつでもどこでも
なにをしていってもいいんだなぁ。

すべてを
「目覚めのフィールド」から
ながめている。
わたしは、どんなときも
「目覚めのフィールドの住人」だとかんじました。

ことしもよろしくおねがいいたします☆








新春ヒカリノラボ
~『意図』のちから~

*1月12日(金)

*13:00~16:00

*玉川学園コミュニティセンター
3階 第2会議室

*参加費:2500円

3名


mami-nk@pdx.ne.jp






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by carta-de-mami | 2018-01-08 12:44 | 目覚めの意識 | Comments(0)
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きのうの、由比ガ浜。
午後まであめふり、さむいくらい。
あめがあがってもくもはかかっていて
日没のころ、こんなふうに
とってもうつくしいそらになりました。

夏のおわりを由比ガ浜ですごせるなんて
こどもがちいさいころ、あこがれつづけたシチュエーションだったなぁ。

9月1日、新学期。
わがやのJK、JCも始業式でした。
さいわい、ふたりともがっこうにたくさんともだちがいて
きょうもげんきに登校しました。

でも、そうでなかったじきもあるんです。
おはなし会ではよく話題にするんですが。
そこをのりこえてのいま、なんです。


がっこうでなにか
つらいことがあるなら
むりにいかなくていい。

じぶんのこどもに
こころからそれをいってあげられますか?

いまだったらはっきりいえる。

でも3年前
受験生の母だったわたしは
いえなかった。
なんとか登校させようと、もがきました。

でも、「目覚めの意識」では
いまのじぶんのやっていることは
ぜったいちがう。

そのこともわかっているからこそ
きもちとあたまにズレがしょうじて
とてもくるしかった。

あるひ、リビングでねむっているこどものそばで
14年間のじぶんの後悔のきもちを
つたえて泣いたことがありました。

うまれてからいままで
わたしはただただ育児に
しばられていることがつらくて
じゅうぶんにかわいがってやれなかった。
あなたのだいじな個性を
親として愛してやれなかった、
ちゃんとわかってやれていなかった。

ごめんね、ごめんね…

そのとき


「後悔はいらない
本質をみなさい」


という、ハイヤーセルフからの
声をききました。
明瞭で凛とした声でした。

ただ、「だいじなのは、これだけ」と
シンプルにつたえてくる声…。


内申点がでてから
これいじょうどうしようもない、という時期にやっと
「目覚めの意識」でいることをえらびました。

こどもの選択をしんじよう。
すきにさせてみよう。

そうきめることができました。

担任の先生、養護の先生からのアドバイスや
わたしにたいするおきづかいもあったけれど
それには感謝していたけれど

「こうする」ときめたわたしは
まったく不安をかんじることなく

いえにいるこどもと
きもちよくまいにち
すごしていました。
朝ドラ観たり
たわいないはなしをしたり。

がっこうにはいかないけど
「お菓子つくりたい」といっては
ざいりょうをかいにでかけたり、

英検の二次試験をブッチして
友だちに会いに出かけたり
(これにはキレましたがヤツはじぶんをとおしました)

…すきなようにさせていたし
わたしもふつうに、目覚めのセラピストとして
活動していたり
いろいろあそびにもいきました。

そんなふうにすごしていて
わかったのです。

このこは、むかしから
じぶんのすきなことにたいしては
ちゃんとじぶんでたっせいしてきた。

そこにかけるエネルギーと集中力は
たしかにすごかったな…

こうしたい、という意志がほんとうにつよい。
がっこうにいけないのはよわいからではなく
むしろ、意志がつよいからだときづきました。

わたしは、そこだけをしんじればいいんだ。

こころから、そうおもえました。


げんきでわらっててくれたら
それでいい。
それいじょうだいじなことなんかない。

がっこうにいかなくても
しあわせでいることはできる。


これが、ハイヤーセルフからのメッセージ


「後悔はいらない、
本質をみなさい」


ということだったのです。

おだやかに日々をつみ重ねているあいだに
わたしの意識はかんぜんにシフトしました。

がっこうにいかないこどもに
かんぜんにOKをだせるようになったことと

このこをだいじにおもってやれない、という
14年間のくるしみが
いっきにかいしょうしました。


ぶじ、高校生になって
いちばんなかよしのともだちと
いっしょに登校しています。
そのともだちとの距離感でなやんだときは
わたしが「目覚めのコース」の
講師講座まっさいちゅうだったりして
まるで予行演習のように
テキストにあるワークをつかって
気持ちを解放したり
その後も、不安なことがあると
リーディングをたのまれたり…。

ほんとにこのこは
わたしの成長にちからをかすために
わたしのところへきてくれたんだな、と
かんじずにはいられません。


そして
いまでも、わたしにとって
こどもががっこうへいくことは
あたりまえのことではありません。

登校するすがたを

「よかった!
きょうもがっこうへ
いってくれた
うれしい!」

と、まいにちありがたいきもちで
みおくっています。

そう、
わたしにとっては
ぶじがっこうにいけることが
ほんとうにほんとうに
ありがたいことなのです。

いまとなっては、
そとでみかける、すべてのこどもたちに
それをかんじます。

すこしまえ
とうじのわがやのことが
ママ友とわだいになって

「あのときのナカガワさん、
りっぱだったよね」

といってもらったり

「担任の先生も
卒業式のあと、
ナカガワさんがあのとき
Sちゃんと
どうやってむきあってたのか
しりたいっていってたよね」

といってもらったりしました。

当時、同級生で
もっとながいきかん、
おやすみしていた生徒さんもいましたが
はなしによると、そこのおかあさんは
ずっとおこさんにがっこうへいくように
うながしてたそうです。

それくらい、こどもが
がっこうをやすみつづけることを
だまってみまもることがむずかしいことは
わたしもたいけんして
ほんとうによくわかります。

でも、
わかっているうえで
みまもることのたいせつさ、
みまもることでおこる変化も
じゅうぶんにたいけんしました。

わたしがそれをできたのは
「目覚めの意識」をしっていて
すでにあるていどじぶんのいしきに
定着していたからではありますが。

いま、
がっこうにいきたくないなら
いかなくていい、
いまいる環境がつらいならにげてもいい、と
メッセージを送るひとたちがいます。
それは該当するこどもたちに
しっかりとどくといいな、とおもいます。

そして
わたしは、親、おとなのたちばで。
こどものなにかをさっしたときに
どうしていくか…

そのことをおつたえしたい、とおもいました。
経験者、として☆

参考にしていただけたらうれしいです☆








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by carta-de-mami | 2017-09-01 17:00 | 目覚めの意識 | Comments(0)
8月17日(木)、「目覚めのコース」町田校の練習会でした。
しゅっせきされた修了生のおひとりから
おもしろいおはなしをおききしました。

いぜん、わたしが日笠雅水さん(以下マーコさん)の
テソーミ教室でおそわった「指ヨガ」を
おはなし会「ヒカリノラボ」でわだいにしてから
じっせんされているそうなのですが
左手にある線をながくしたい!とおもってると
そっちはちっともかわらないのに
はんたいの右手の線がのびてる!
ということがおこったそうです。

それをおききして、とってもびっくりしました。
手相は短時間でもかわるそうですが
そんなに顕著にちがいがわかるとは…

…でも
マーコさんからは

「手相の線は、エネルギーのとおりみち」

だとおそわっています。

そうであるなら、いしきをはたらかせ
もしくはつよく念じていたほうの線に
過剰ポテンシャルがはたらいて
エネルギーのながれをストップさせているとしても
ふしぎじゃない、とおもいました。

そしていしきをむけていないはんたいの手は
ぎゃくにエネルギーのとおりがよくなって
線がのびていた、というのもじゅうぶん
なっとくがいきます。

いしきのありようが
ここまではっきりと
手相にでる、ということを
おそわったおはなしでした。

そして、いかに無意識でいるということが
じぶんの「ながれ」をスムーズにするものなのか、を
あらためてきづかされました。

ちからをぬいていることこそが
もっともパワフルなのですよね☆

そういえば、あるかたが
目覚めのコースをうけたあとのわたしのへんかをみて…


(あ、いまPCの画面にいきなり

「変化がもたらす快適さ」

ってでてきました!
Windowsプログラムのインストールの案内ですが。
PCともシンクロしてわらっちゃいました(^^♪
うちゅうはおもしろいことしてくれます☆)

…そう、わたしのへんかをみて
「こんなに楽でいていいのか」
とおもった、といってくださったかたがいらっしゃいました。

わたしにとっては
ものすごいほめことばでうれしかったです☆

ますます、ちからをぬいて
らくに。
無意識にまかせていきます☆






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by carta-de-mami | 2017-08-19 10:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)
きのう、あるうらないをうけました。
はなしをまえからきいていて
ずっときょうみがあったもの。

そこでいきなりいわれたのは

「あなたはほんらい、
マイペースでわがまま。
やる、やらないもはっきりしている。
わんぱく」

…って。

じぶんでもわかっているじぶん、なのですが
わたしをちょくせつしっているかたからすると
けっこう意外なのではないでしょうか。

わたしはじぶんの目覚めキャリアのなかで
いろんなひと、または
おなじひとになんども
じぶんの魅力をみてもらってます。
かなりの回数です。

さっきの占い師さんのコメントは
「これもじぶん」だと
わたしじしんが
自覚しているにもかかわらず
目覚めのなかまたち
またはまわりにいるひとたちに
いちどもいわれたことがないのです。

そういったひとたちに
よくいわれることは

やさしい
誠実
おだやか
おちついている

…など。

占い師さんがみている「わたし」は
いま、ほとんどのひとがみている「わたし」のぶぶんと
正反対だったのです。

これはまさに

フォーカスのちがい

です。

どれも「わたし」でぜんぶ混在している。
そのなかで、どこにフォーカスするかで
これだけかわってくるのです。
ことばだけみてると
別人ではないですか。

わたしは
みためとのギャップがはなはだしいこともあり
かなりちいさいときから
このことにきづいていて

ひとからどうみえるかって
あてにならないな

っておもってました。
しょうじき、きめつけられるのがいやでした。

いまは、
このひとからそうみえてるのか、と
フラットにうけとめてます。
いいことも、そうでないことも。

そして、
いろんなひととせっするうえで
またはできごとやものごとをとらえるうえで
この視点がとってもやくだっています。

じぶんにいろんな面があるように
ひとにもいろんな面がある。

だからだれにたいしても
じぶんのもった印象がすべてだとはおもっておらず
このひとはこう、と固定することもないのです。
無意識でですが。
だれがどういう面をもっててもいいとおもってます。

そのひとを、じぶんのなかでくっきりかたちづくらず
フォーカスをひろげてぼんやりみている、
そんなかんじなのです。

ただ、フォーカスのしかたは
じぶんでえらべます。
どこからみるか、で
さっきのはなしのように
まったくちがってきます。

講座のなかでも、ワークで視点がかわったら
あいてのひとへの印象やうけとめかたがまったくかわり
ものすごくすっきりした、というかたも
いらっしゃいました。

じぶんや、まわりのひと
おこるできごとなど
すべてにかんして
「やわらかくみる」
ということは
じぶんをらくにするひけつでもあるとおもいます☆



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うちゅうのながれにのっている☆







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by carta-de-mami | 2017-07-01 12:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)
毎朝、とどくメルマガには
「ラッキーカラー」がのっています。

きょうのラッキーカラー、「ライムグリーン」

見たとたん、

わたしもってないわ~…

と、おもいました。
じぶんのもちものに
ライムグリーンなんてない、と
そのときほんとうにおもったのです。

ところが。

シャツのしたに着ようと
てにしたタンクトップは
ライムグリーンのボーダー。

はっとしました。

それだけではなく
キッチンにいったら
つぎつぎに
ライムグリーンのものが
目にとびこんでくる!

わ!
うちにこんなに
ライムグリーンのものがあったんだ!

と、しょうじきびっくりしました。

ふだん意識していないと
「ある」ことにきづけないのだと
つくづくかんじました。

それは、じぶんじしんのこと、
じぶんのいるばしょ、
じぶんのまわりのひと…
そのすべてが
おなじことで

じぶんが、じぶんの
もしくはそのひと、そのものの
なにをみているか
なにをみようとしているか。

じぶんがみたいものを
みたいようにみている、という
目覚めの意識とつながるものでした。

ひごろ、ライムグリーンという色を
生活するうえで意識していなかった。
でもメルマガによって
「ライムグリーン」にフォーカスをはじめたら
そのとたんにバンバン視界に
ライムグリーンがはいってきました。

わたしたちは、
よのなかを、げんじつを
みたいようにみている。
そのとおりのげんじつになっている。

げんじつは、フォーカスしだいで
どんどん変化する。

それを鮮明に体感しました。

これは
きょうのわたしには
強烈なメッセージでした☆




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うちゅうのながれにのっている☆







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by carta-de-mami | 2017-06-14 23:44 | 目覚めの意識 | Comments(0)

ナカガワマミ:『目覚めの意識』実践・研究家。インフィニット・グレイス「目覚めのコース」認定講師。西洋式レイキティーチャー。『目覚めのコース』、おはなし会の開催、イベント企画・運営など。たいせつなことはほんとうにシンプル。それでいいのか!ときづいていくことであらたなせかいにシフトする。変化することは、たのしいこと。あらたなじぶん、ほんとうのじぶんにつながってたのしくしあわせにすごしましょう☆彡


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