カテゴリ:きづき( 26 )

うつくしい空☆

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いいきぶんでいちにちをすごし
いえにかえってきたら
このそらが、むかえてくれました。

きれいだったので
みてもらいたくて
いろんなひとにこの画像をおくりつけました。

祝福のことばとともに。

このそらは
みんなを祝福している。

それをつたえたくて、というのもありました。

ほんとうのことをいえば
わたしたちは、いつだって
祝福されているのですが。

わたしたちには
いつでもおおきな愛がふりそそいでいる。

現状が、どんなときにもです。

わすれることや
きづけないこともある。
そんなときには、ただ
おもいだせばいい。

ほんとうに
シンプルなことをつみかさねて
意識はへんかしていきます。

日常の、どんなときにも
きづきのきっかけはちりばめられている。
たからさがしのように
たのしんでそれをみつけていくのは
おわりのないあそびのようでもあります。

わたし、というそんざいは
じぶんをしっていくこと
じぶんをへんかさせていくこと、に
いつもむちゅうになっているのだなぁ。

そしてきょうは
このそらのような
おおきな愛にフォーカスして
さらにじゆうになっているのをかんじました☆



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by carta-de-mami | 2017-08-05 21:55 | きづき | Comments(0)
昨年末、おもいきって岐阜の美濃へいきました。
美濃といえばエムエムブックス
そして閉店まぢかだった、
エムエムブックススタッフのみなさんの
おきにいりだった喫茶店「赤玉」。
マーマーガールにはおなじみの。
いろいろあって、きゅうきょいくことになりました。

そのときにおこったできごとのえいきょうもあり
その地ですごしているうちに
じぶんのかんかくが
ものすごくかわりました。
このたびからうけとった恩恵は
かくじつにことしのながれの
起点になっているとおもいます。

1月、ながらくじぶんのなかにあった
無意識のこだわりやおもいこみを
読書をとおしててばなすことになりました。

ちょくせつ、じぶんがもっていたものにかんする記述が
あったわけではありませんが
よみすすめていくうちにしぜんとうかびあがり
しぜんとどうでもよくなっていったことがらが
いくつかあります。

そうなってから、こんかいの
目覚めのコース町田校へのおもうしこみがありました。

2月は、ただ純粋にこのひとにあってみたい、というきもちで
でかけていった下北沢で
おもいがけず、講座のおはなしをいただきました。

それからいままで、いぜんブログにあげたこともふくめ
じぶんの活動とはかんけいないような
趣味の範疇のことをいろいろとたのしむきかいが
つぎつぎにあって
そのたびに、きょうみのあることや
ぜひいきたいとおもっていたばしょに
あしをはこんでいるうちに

しぜんと
たのしむことをじぶんにきょかしていることにきづきました。
いままでも、すきなことをしてきているつもりでしたが
それよりもハイペースだし
内容も濃いとかんじてます。

これまで、とってもとくべつなようにかんじていたことが
もっとみぢかにかんじられるようになってきている。
すきなことをたのしむということへの
ブロックがはずれているとおもいます。

都内でも、いったことのないばしょがたくさんあり
なじみのない路線にはハードルをかんじていたようにおもいます。
かんたんにいけないばしょ、と
無意識におもっていたのです。

かんたんに、いけないばしょ。
かんたんに、あえないひと。
なんだかそこらへんが
とってもかぜとおしよく、じゆうになったかんかく。

だからとっても
これからがたのしみなのです。

これまでも
いいことしかおこらない、とわかっていたけれど
じぶんで無意識にかけていた制限がはずれて
いまは、もっとこのさきにあるせかいが
さらにおおきくひろがっているのをかんじます☆









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うちゅうのながれにのっている☆

4月よりスタートの町田校残席1名さま





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by carta-de-mami | 2017-04-08 00:33 | きづき | Comments(0)
こんげつは、
あたらしいことをたいけんする
というながれがいくつかありましたが
そのなかに先々週末の観劇と
先週のオールナイト上映があり。

それぞれ
ほんとうに「いみがない」、
そして「ひたすらふざけてる」という
わらうことが趣味の
わたしにとってはさいこうのじかんでした。

先々週の観劇は
「ギャグマンガ日和」という
マンガが原作の舞台。

そのマンガがおもしろいのはしっていましたが
まともによんだことはありません。
なぜそんなわたしが観にいくことになったかというと
うっかり長女(うっかりはちべえ的な)が
修学旅行なのをわすれてチケットをとってしまったため。
ほかにゆずるひとがなく、わたしがいくことに。

主演の俳優さんがあいさつで
「くだらなくて、いみがない舞台を
なにもかんがえず観てわらってもらって
げんきになってもらえたらうれしい」
といっていましたが
ほんとうにまったく、なにひとつ
いみがない…テーマもメッセージもなにもないものを
こんなに本気度100%につくりあげた
わかい俳優さんたち、監督やスタッフのひとたち。
こころから尊敬しました。

先週末のオールナイト上映は、
ダンナさんのだいすきな
電気グルーヴの
「電気グルーヴ副音声オールナイト上映」。
この日だけのきちょうな上映だったそうで
ダンナさんにつきあうかたちでいくことに。

やっぱり電気グルーヴ。
ライブ映像をみながら
ラジオを聴いてるようでした。
中学生男子のノリでただただふざけている
アラフィフのおにいさんたちのさまが
ほんとうにたのしそう。
このひとたちの、最大の魅力だとおもいます。

きょねん「電気グルーヴ THE MOVIE」の
大ファンになって以降
おもしろくてかっこいい電気グルーヴに
さらに愛をかんじるようになったのですが
その映画を撮られた大根仁監督(バクマン。やSCOOP!の監督さん)が
副音声で電気のふたりと解説していました。

さらに、その大根監督ごほんにんが
わたしたちのちかくの席にいらしたという
ミラクルもあり☆


いみがなくて
くだらなくて
ただふざけていて
めっちゃわらえる

というものが
むかしから
だいすきでした。

そういうものを臨場感たっぷりに
たのしむきかいがつづいて
これはメッセージか、と
かんじました。

もっともっと
たのしもう!
しごとであっても、なくても
かろやかに、じゆうに。
そういうチャンスはのがさずに。

だって「すき」にりくつはないのだから☆









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うちゅうのながれにのっている☆






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by carta-de-mami | 2017-02-26 22:05 | きづき | Comments(0)
きょう、長女のWISKというけんさの
けっかをききにいきました。

じぶんはADHDなのではないか?
と、長女がじぶんでいいだして
けんさをうけたいといったのが先月。

ADHDは発達障害のひとつ。
いぜん、アドバイスをもらいにいったことのある
心療内科にいきました。

せんせいからは、

けっかはADHDとはならないだろうけど
けんさをうけて
じぶんの得意不得意をりかいして
たいしょほうをさぐっていくことはできるとおもう

というおはなしがあったので
ほんにんがなっとくするなら、とおもい
けんさをうけることにしたのです。

それが、WISKという知能検査でした。

けっかは、せんせいのおはなしのとおり
へいきんてきな数値。
ただ、そのなかで
得意不得意のふり幅が
かなりある、とうことがわかりました。

そして、せつめいのなかで

「あたまではちゃんとりかいしている、
わかっているけど行動しようとするとむずかしい
だから
わかってるけどできないの!!
ということがいろんなばめんであるとおもう」

というおはなしがあったとき
じぶんでもびっくりしたのですが
なみだがあふれてきました。

ほんにんに、いわれたことがあったのです。
「わかってても、できないの!!」
って、せんせいのことば、そのままに。

診察室をでたあと、
なんでママが泣くの?と
長女にきかれましたが
そのときはじぶんでも説明がつかず。

そしてその長女は
じぶんがかつて
「わかってても、できないの!!」
とうったえていたことを
すっかりわすれていました。

そとをあるきながら

あのこのこと
ずっと、わかってやれなかった

という後悔が
もうじぶんのなかにはないとおもっていた
14年分の葛藤と後悔が
せんせいの説明をきいて
いっきにあふれてきたのだとわかりました。

いろんなばしょでおはなししていますが
うまれたときから、長女にかんしては
苦悩がついてまわっていて
2年前にやっと
そこをクリアーにできたできごとがありました。

でも、まだのこっていたんだなぁ
と、きづかされるとどうじに

くるしんでいたあいだも
わたしはかのじょと
真剣にむきあっていたんだ

ということにもきづくことができました。
ただ、個性ととらえてあげられない
ダメな母親だったのではなく
そのときそのとき
じぶんのベストをつくそうとしていたじぶんのすがたにも
きづくことができたことで
とてもすくわれました。

この検査をうけたいといったのは
長女じしんですが
じつは、わたしのためのけんさだったのだとかんじます。

おもわぬところから
癒しのちからがはたらいて
今週は、心身のデトックスがすすんだ
1週間となりました。

さらに、あたらしく。
さらにかろやかに☆

















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☆うちゅうのながれにのっている☆
ナカガワマミの「目覚めのコース」


http://chuva.exblog.jp/25731750/


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by carta-de-mami | 2016-10-22 23:25 | きづき | Comments(0)

つながるひとの変化☆

ふと、せんじつ

講座を受講してまもなくのころ
よくあっていたひとや
いっぱいアドバイスしてくれたり
いろんなことつたえてくれていたひとたち…

あのころのわたしを
ささえてくれていたひとたち、と

いまは
ほぼ、れんらくもとっておらず
交流がないことにきづきました。

じぶんには
このひとたちのことばが
ありがたく
行くみちをおしえてくれている、と
ものすごく信頼してたよりにしていた
そういうひとたちでした。

きづいたら
しぜんと、そうなっていた。

それもながれなのだと、
あらためてかんじました。

あのころのわたしには
そういうひとたちがとてもひつようで
また、そのときにひつようなことをつたえてもらうことで
まえに進めていたのだとおもいました。

そして、もうそれが
ただただひつようでなくなったから
そのひとたちとおあいするきかいが
なくなっているのだ、と
そうおもえました。

てばなすのがざんねんにおもえる関係だとしても
しぜんのなりゆきであるいじょうは
そうなんだ、とうけいれて
そこからの再会もながれにまかせるのがいいように
かんじます。

いまのじぶんには
いまのじぶんのふさわしい環境がよういされている

そのことへの信頼でもあります。
「執着をしない」ということの
ひとつの例でもあります。

あのころのじぶんをささえてくれたことへの
感謝はじゅうぶんに、わすれず。
またあえるといいな、と
かろやかにねがいながら。

そうやって
ぎゅっとにぎりしめていた
いろんなひとへのおもいは
いまはふんわりとしたコットンのよう。

あたたかく
やさしいきもちに
させてくれます☆




☆「目覚めのコース」のごあんない☆
http://chuva.exblog.jp/25731750/
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by carta-de-mami | 2016-05-25 10:17 | きづき | Comments(0)

さらっと感☆

講座「目覚めのコース」を修了すると
だいたい月いちペースで
「目覚め会」という
なかまがあつまれるきかいがあります。

せんじつ参加して
なかまがそれぞれのほうこうに
どんどん発展していっていることがわかり
かなり感動しました。

じぶんがじぶんのことに集中していて
まわりのことをしらなかったあいだにも
みんなそれぞれに
いろんなできごとがあって
あたらしいことをはじめたり
いいことがあったり…

それをきく
わたしのかんかくも
いままでとは、かなりちがっていることに
きづきました。

きのうも
なかまのひとりと
じっくりおはなししたのですが
いっしょにじかんをすごす
そのかんかく…

もともと
マミちゃんはニュートラル
と、先生である歌里さんにもいっていただいていたのですが
いままでもニュートラルだったのだとしたら
また一段階すすんだニュートラルが
そんざいするとかんじます。

たいけんしたことのない

さらっと感。

さらさらしているわたし。

もともとは、さっぱりしているといわれながらも
ウエットなぶぶんもしっかりあったのですが。

いまや
なににもくっつかない
さらっと感。

そしてきづいたのは
目覚め合宿期間中にも
てばなしてきたものがあること。

それでなくても
目覚め合宿の恩恵を
ひしひしとかんじる日々なのですが

たいせつだとおもってきた価値観
じぶんらしさだとおもってきたぶぶん

またさらに
すててきたんだと
きづきました。

「固定のわたしなどいない」
そう目覚めのテキストにもかかれていますが
そのとおりだ、とおもうことを
合宿中にも実感しながら
すごせていたのだと
あらためてわかりました。

そんないまだから
本質のもつ、ほんとうに純粋なつよさというものに
さらにきづけているきがします。

本質でないものは
じぶんをかざっているもの。
ほんとうのじぶんではないぶぶん。
あってもいいけど
なくてもいいもの。

そんなふうにとらえていて

めんどくさがりのわたしは

じゃあ、いらない

とおもっちゃってるきがします。

なれるかぎり
シンプルでいたい
そのほうがじゆうでラク

ってなふうに。

いろんないみで
かざることにきょうみがないんだなぁ。
女性としてどうなのか?ですが…
もはや、じぶんになにかをプラスすることにも
きょうみがないようにおもいます。

ただただ本質を観つづけて
そこに忠実にいることが
わたしのしあわせだともかんじます☆



☆「目覚めのコース」のごあんない☆
http://chuva.exblog.jp/25731750/
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by carta-de-mami | 2016-05-19 11:20 | きづき | Comments(0)
宇宙は
じぶんのとくいなことや能力をいかして
またそれをひとのやくにたてているひとのことを
すごくおうえんしてくれる

ひごろ、わたしが実感していること。

せんじつ、リーディングセッションをうけてくださった
クライアントさんにおはなししたら
とってもおやくにたったようなので
ここでもおつたえします☆

とくいなこと、とは

ふつうとおもってやっていること、とか
むりなくできること、なので
じぶんからは

そんなことでよろこんでもらえるのか!

とびっくりすることだったりします。
でもそれは、ほかのひとからすると
とてもすてきにみえるし
そのおかげでとてもたすかったりします。

それにきづかせてくれるのは
かかわっている、まわりのひとたち。

だれかにほめてもらったら
ありがとう、と、うけとってください

と、おはなし会でおつたえしているのは
じぶんではきづけないじぶんのすばらしさを
つたえてくれるのが
かかわったひとだからです。

そしてそれこそが
活かしていくべき
そのひとの能力だとおもいます。

そこをフルに活かしてじぶんがたのしみ
さらに、それがけっかとして
だれかのやくにたっている

というのが
ほんらいのありかたなんだとかんじています。

じぶんは
なにをしていきたいのか
わからない

というおはなしを
きくこともありますが

かかわってくれているひとは
きっとつたえてくれているはずです。

ありがたい、たいせつなじぶん情報
スルーしてませんか?

わたしはきめていることがあります。

「じぶんにあたえてもらった
とくいなことや能力を
ぜんぶ出しきって生きる」

じぶんのために、です。
じぶんがそうしたいから。

でもそうおもっていたら
けっかてきに
ひとのためにも
それは活かされているはずです。

そのことを
こころから信頼しています☆
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by carta-de-mami | 2016-03-01 10:18 | きづき | Comments(0)

すてきなものがたり

あるひとつのできごとを
ちがうひとからそれぞれに
きくきかいがありました。

おなじことを
きいているはずなのに
まったくちがうストーリー。

はなすひとの視点で
こんなにも
ちがうものがたりになるなんて。

どちらも
まぎれもない真実なのです。

そのどちらにも
ドラマをかんじて
こころをうごかされました。

ひとも
できごとも
そうやって

かたるひとがかわれば
ちがうストーリーになる。

感動的な体験でした☆
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by carta-de-mami | 2016-02-19 22:21 | きづき | Comments(0)
2月3日、節分の日。
あたらしいくるまを、むかえました。

どうじに10ねんちかく
たいせつにしていた小型のあかいくるまを
手放す日です。

運転にまだ自信がなかったわたしを
がっちりサポートしてあんしんさせてくれた
こころづよいくるまでした。

それからどんどん
行動範囲がひろがり
運転もふつうにできるようになり
せかいがひらけていくようでした。

すべては
このくるまのおかげ、と
まいにちまいにち感謝していました。

恩人であり、相棒。

「ありがとう、あいしてるよ」
と、駐車場でかならずこえをかけました。

ディーラーにもちこむまえに
あさはふたりのこどもたちを
さいごにそれぞれにおくりとどけ
わたしはこのくるまと
わずかなじかんを
どうすごしたらいいだろうとかんがえました。

ほんとうにだいすきだったくるまです。
ながれで買いかえがきまったものの
なかなかきもちがさだまりませんでした。

くるまにのりこんだとき
くるまのこえをきいてみようとおもいました。
くるまのいまのきもちにフォーカスしてみたら
きもちがおちつくかも、とおもったのです。

みえてきたのは
ピンクのエネルギーにつつまれているこのくるま。
そのエネルギーは
わたしの愛だと感じました。
その愛につつまれているから
しあわせだとつたわってきました。

そうかぁ…そうなのかぁ。
でもわたしはまださみしさがきえません。

そのまま
日がさして
温室のようにあったまった車内で
瞑想をしていました。

しばらくして
こころがみたされているのにきづきました。
とってもしあわせです。
くるまのつたえてくれた
幸福感に共鳴していたのだとおもいます。

ひだまりのなかで
くるまとわたしがよりそって
おひるねをしている

そんなビジョンがうかんできました。

おだやかでしあわせなひととき。
たぶんほほえんでいたとおもいます。
そのときダンナさんがやってきて
くるまをさいごにそうじするというので
わたしは運転席をはなれました。

さみしさは、もうありませんでした。
さいごに、ふたりだけで
ほんとうに愛をわかちあった
すばらしいじかんをすごせたからです。
これいじょうのすごしかたはなかったとおもいます。

ディーラーに
そのくるまをのこしていくときにも

みおくってくれている

というきもちでいました。

濃密でやさしい
あの愛のじかんは
いっしょうのたからものです。
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by carta-de-mami | 2016-02-05 23:14 | きづき | Comments(0)

読書、再開☆

ここすうねん
めちゃめちゃ読書量がへってました。
本をよむということに
きもちがむかない期間でした。

かしてもらったり
よんでみたいとおもい購入しながら
放置していた「つんどく(読)」本たち。

ねんまつに
服部みれいさんの「わたしのヒント」を
よみはじめてからようやく
エンジンがかかり
おかりしていた本たちにめをとおして
やっぱり読書はたのしい!とかんじられる
もともとのじぶんにかえってきました。

その、もともと、というのも
たましいのレベルのもともとで
むかしから
「本から情報をえる」
というじんせいをおくっていたと
師匠歌里さんにリーディングしていただいたことがあります。

図書館や本屋さんで
書棚をぶっしょくしていると
じぶんにかえっている感覚があり
パワースポットのようにかんじていたのは
そのためだったようです。

本もいぜんは
じぶんに合うものでないと
意識にえいきょうがでるから…とおもっていたのですが
せんじつよみ終えた本からは
かんぜんに、
「ひつような情報しかはいってこない」
じぶんにきづきました。

いらないとかんじたら、まったくのこらない。
いる、いらない、の選別が
無意識にされていることにきづきました。

それまでは
内容に違和感をかんじて判断していたのですが
さらにスムーズに処理できるようになっているとわかりました。

読書からもじぶんの変化を
かんじることができます☆
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by carta-de-mami | 2016-01-29 17:23 | きづき | Comments(0)

ナカガワマミ:『目覚めの意識』実践・研究家。インフィニット・グレイス「目覚めのコース」認定講師。西洋式レイキティーチャー。『目覚めのコース』、おはなし会の開催、イベント企画・運営など。たいせつなことはほんとうにシンプル。それでいいのか!ときづいていくことであらたなせかいにシフトする。変化することは、たのしいこと。あらたなじぶん、ほんとうのじぶんにつながってたのしくしあわせにすごしましょう☆彡


by carta-de-mami