カテゴリ:目覚めの意識( 17 )


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ブログをみにきてくださっているみなさま

あけましておめでとうございます☆

なかなか更新できずにいますが
すこしずつ再開できたらとおもいます。

12日(金)の
「ヒカリノラボ」にむけて
おつたえするないようをまとめていました。

この日のテーマを
「意図のちから」としていたのですが
じぶんの数々のたいけんをふりかえったら

✨✨✨目覚めのたいけんそのもの✨✨✨

であったことがわかりました。

それらをまとめているときに
かんじたのです。

『目覚めのフィールド』のエネルギー。

それは、いつもかんじていたものですが
きょうはもっとダイレクトに
じぶんのエネルギーとして、かんじました。

とーーーーーーってもかろやかで
はてしなく、やさしい。

そのここちよいエネルギーを体感しているうちに

わたしは、「目覚め」にであえて
ほんとうにしあわせだなぁ…

と、しみじみ幸福感にひたっていました。

そして、この幸福感を
たくさんのひとにつたえていきたい

そうおもったのです。

いままでの「つたえていく」といういしきとは
まるで質のちがうものになっていました。

そうかぁ、これだけでよかったんだなぁ。
この感覚で、いつでもどこでも
なにをしていってもいいんだなぁ。

すべてを
「目覚めのフィールド」から
ながめている。
わたしは、どんなときも
「目覚めのフィールドの住人」だとかんじました。

ことしもよろしくおねがいいたします☆








新春ヒカリノラボ
~『意図』のちから~

*1月12日(金)

*13:00~16:00

*玉川学園コミュニティセンター
3階 第2会議室

*参加費:2500円

3名


mami-nk@pdx.ne.jp






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宇宙のながれにのっている☆彡

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by carta-de-mami | 2018-01-08 12:44 | 目覚めの意識 | Comments(0)
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きのうの、由比ガ浜。
午後まであめふり、さむいくらい。
あめがあがってもくもはかかっていて
日没のころ、こんなふうに
とってもうつくしいそらになりました。

夏のおわりを由比ガ浜ですごせるなんて
こどもがちいさいころ、あこがれつづけたシチュエーションだったなぁ。

9月1日、新学期。
わがやのJK、JCも始業式でした。
さいわい、ふたりともがっこうにたくさんともだちがいて
きょうもげんきに登校しました。

でも、そうでなかったじきもあるんです。
おはなし会ではよく話題にするんですが。
そこをのりこえてのいま、なんです。


がっこうでなにか
つらいことがあるなら
むりにいかなくていい。

じぶんのこどもに
こころからそれをいってあげられますか?

いまだったらはっきりいえる。

でも3年前
受験生の母だったわたしは
いえなかった。
なんとか登校させようと、もがきました。

でも、「目覚めの意識」では
いまのじぶんのやっていることは
ぜったいちがう。

そのこともわかっているからこそ
きもちとあたまにズレがしょうじて
とてもくるしかった。

あるひ、リビングでねむっているこどものそばで
14年間のじぶんの後悔のきもちを
つたえて泣いたことがありました。

うまれてからいままで
わたしはただただ育児に
しばられていることがつらくて
じゅうぶんにかわいがってやれなかった。
あなたのだいじな個性を
親として愛してやれなかった、
ちゃんとわかってやれていなかった。

ごめんね、ごめんね…

そのとき


「後悔はいらない
本質をみなさい」


という、ハイヤーセルフからの
声をききました。
明瞭で凛とした声でした。

ただ、「だいじなのは、これだけ」と
シンプルにつたえてくる声…。


内申点がでてから
これいじょうどうしようもない、という時期にやっと
「目覚めの意識」でいることをえらびました。

こどもの選択をしんじよう。
すきにさせてみよう。

そうきめることができました。

担任の先生、養護の先生からのアドバイスや
わたしにたいするおきづかいもあったけれど
それには感謝していたけれど

「こうする」ときめたわたしは
まったく不安をかんじることなく

いえにいるこどもと
きもちよくまいにち
すごしていました。
朝ドラ観たり
たわいないはなしをしたり。

がっこうにはいかないけど
「お菓子つくりたい」といっては
ざいりょうをかいにでかけたり、

英検の二次試験をブッチして
友だちに会いに出かけたり
(これにはキレましたがヤツはじぶんをとおしました)

…すきなようにさせていたし
わたしもふつうに、目覚めのセラピストとして
活動していたり
いろいろあそびにもいきました。

そんなふうにすごしていて
わかったのです。

このこは、むかしから
じぶんのすきなことにたいしては
ちゃんとじぶんでたっせいしてきた。

そこにかけるエネルギーと集中力は
たしかにすごかったな…

こうしたい、という意志がほんとうにつよい。
がっこうにいけないのはよわいからではなく
むしろ、意志がつよいからだときづきました。

わたしは、そこだけをしんじればいいんだ。

こころから、そうおもえました。


げんきでわらっててくれたら
それでいい。
それいじょうだいじなことなんかない。

がっこうにいかなくても
しあわせでいることはできる。


これが、ハイヤーセルフからのメッセージ


「後悔はいらない、
本質をみなさい」


ということだったのです。

おだやかに日々をつみ重ねているあいだに
わたしの意識はかんぜんにシフトしました。

がっこうにいかないこどもに
かんぜんにOKをだせるようになったことと

このこをだいじにおもってやれない、という
14年間のくるしみが
いっきにかいしょうしました。


ぶじ、高校生になって
いちばんなかよしのともだちと
いっしょに登校しています。
そのともだちとの距離感でなやんだときは
わたしが「目覚めのコース」の
講師講座まっさいちゅうだったりして
まるで予行演習のように
テキストにあるワークをつかって
気持ちを解放したり
その後も、不安なことがあると
リーディングをたのまれたり…。

ほんとにこのこは
わたしの成長にちからをかすために
わたしのところへきてくれたんだな、と
かんじずにはいられません。


そして
いまでも、わたしにとって
こどもががっこうへいくことは
あたりまえのことではありません。

登校するすがたを

「よかった!
きょうもがっこうへ
いってくれた
うれしい!」

と、まいにちありがたいきもちで
みおくっています。

そう、
わたしにとっては
ぶじがっこうにいけることが
ほんとうにほんとうに
ありがたいことなのです。

いまとなっては、
そとでみかける、すべてのこどもたちに
それをかんじます。

すこしまえ
とうじのわがやのことが
ママ友とわだいになって

「あのときのナカガワさん、
りっぱだったよね」

といってもらったり

「担任の先生も
卒業式のあと、
ナカガワさんがあのとき
Sちゃんと
どうやってむきあってたのか
しりたいっていってたよね」

といってもらったりしました。

当時、同級生で
もっとながいきかん、
おやすみしていた生徒さんもいましたが
はなしによると、そこのおかあさんは
ずっとおこさんにがっこうへいくように
うながしてたそうです。

それくらい、こどもが
がっこうをやすみつづけることを
だまってみまもることがむずかしいことは
わたしもたいけんして
ほんとうによくわかります。

でも、
わかっているうえで
みまもることのたいせつさ、
みまもることでおこる変化も
じゅうぶんにたいけんしました。

わたしがそれをできたのは
「目覚めの意識」をしっていて
すでにあるていどじぶんのいしきに
定着していたからではありますが。

いま、
がっこうにいきたくないなら
いかなくていい、
いまいる環境がつらいならにげてもいい、と
メッセージを送るひとたちがいます。
それは該当するこどもたちに
しっかりとどくといいな、とおもいます。

そして
わたしは、親、おとなのたちばで。
こどものなにかをさっしたときに
どうしていくか…

そのことをおつたえしたい、とおもいました。
経験者、として☆

参考にしていただけたらうれしいです☆








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by carta-de-mami | 2017-09-01 17:00 | 目覚めの意識 | Comments(0)
8月17日(木)、「目覚めのコース」町田校の練習会でした。
しゅっせきされた修了生のおひとりから
おもしろいおはなしをおききしました。

いぜん、わたしが日笠雅水さん(以下マーコさん)の
テソーミ教室でおそわった「指ヨガ」を
おはなし会「ヒカリノラボ」でわだいにしてから
じっせんされているそうなのですが
左手にある線をながくしたい!とおもってると
そっちはちっともかわらないのに
はんたいの右手の線がのびてる!
ということがおこったそうです。

それをおききして、とってもびっくりしました。
手相は短時間でもかわるそうですが
そんなに顕著にちがいがわかるとは…

…でも
マーコさんからは

「手相の線は、エネルギーのとおりみち」

だとおそわっています。

そうであるなら、いしきをはたらかせ
もしくはつよく念じていたほうの線に
過剰ポテンシャルがはたらいて
エネルギーのながれをストップさせているとしても
ふしぎじゃない、とおもいました。

そしていしきをむけていないはんたいの手は
ぎゃくにエネルギーのとおりがよくなって
線がのびていた、というのもじゅうぶん
なっとくがいきます。

いしきのありようが
ここまではっきりと
手相にでる、ということを
おそわったおはなしでした。

そして、いかに無意識でいるということが
じぶんの「ながれ」をスムーズにするものなのか、を
あらためてきづかされました。

ちからをぬいていることこそが
もっともパワフルなのですよね☆

そういえば、あるかたが
目覚めのコースをうけたあとのわたしのへんかをみて…


(あ、いまPCの画面にいきなり

「変化がもたらす快適さ」

ってでてきました!
Windowsプログラムのインストールの案内ですが。
PCともシンクロしてわらっちゃいました(^^♪
うちゅうはおもしろいことしてくれます☆)

…そう、わたしのへんかをみて
「こんなに楽でいていいのか」
とおもった、といってくださったかたがいらっしゃいました。

わたしにとっては
ものすごいほめことばでうれしかったです☆

ますます、ちからをぬいて
らくに。
無意識にまかせていきます☆






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by carta-de-mami | 2017-08-19 10:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)
きのう、あるうらないをうけました。
はなしをまえからきいていて
ずっときょうみがあったもの。

そこでいきなりいわれたのは

「あなたはほんらい、
マイペースでわがまま。
やる、やらないもはっきりしている。
わんぱく」

…って。

じぶんでもわかっているじぶん、なのですが
わたしをちょくせつしっているかたからすると
けっこう意外なのではないでしょうか。

わたしはじぶんの目覚めキャリアのなかで
いろんなひと、または
おなじひとになんども
じぶんの魅力をみてもらってます。
かなりの回数です。

さっきの占い師さんのコメントは
「これもじぶん」だと
わたしじしんが
自覚しているにもかかわらず
目覚めのなかまたち
またはまわりにいるひとたちに
いちどもいわれたことがないのです。

そういったひとたちに
よくいわれることは

やさしい
誠実
おだやか
おちついている

…など。

占い師さんがみている「わたし」は
いま、ほとんどのひとがみている「わたし」のぶぶんと
正反対だったのです。

これはまさに

フォーカスのちがい

です。

どれも「わたし」でぜんぶ混在している。
そのなかで、どこにフォーカスするかで
これだけかわってくるのです。
ことばだけみてると
別人ではないですか。

わたしは
みためとのギャップがはなはだしいこともあり
かなりちいさいときから
このことにきづいていて

ひとからどうみえるかって
あてにならないな

っておもってました。
しょうじき、きめつけられるのがいやでした。

いまは、
このひとからそうみえてるのか、と
フラットにうけとめてます。
いいことも、そうでないことも。

そして、
いろんなひととせっするうえで
またはできごとやものごとをとらえるうえで
この視点がとってもやくだっています。

じぶんにいろんな面があるように
ひとにもいろんな面がある。

だからだれにたいしても
じぶんのもった印象がすべてだとはおもっておらず
このひとはこう、と固定することもないのです。
無意識でですが。
だれがどういう面をもっててもいいとおもってます。

そのひとを、じぶんのなかでくっきりかたちづくらず
フォーカスをひろげてぼんやりみている、
そんなかんじなのです。

ただ、フォーカスのしかたは
じぶんでえらべます。
どこからみるか、で
さっきのはなしのように
まったくちがってきます。

講座のなかでも、ワークで視点がかわったら
あいてのひとへの印象やうけとめかたがまったくかわり
ものすごくすっきりした、というかたも
いらっしゃいました。

じぶんや、まわりのひと
おこるできごとなど
すべてにかんして
「やわらかくみる」
ということは
じぶんをらくにするひけつでもあるとおもいます☆



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うちゅうのながれにのっている☆







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by carta-de-mami | 2017-07-01 12:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)
毎朝、とどくメルマガには
「ラッキーカラー」がのっています。

きょうのラッキーカラー、「ライムグリーン」

見たとたん、

わたしもってないわ~…

と、おもいました。
じぶんのもちものに
ライムグリーンなんてない、と
そのときほんとうにおもったのです。

ところが。

シャツのしたに着ようと
てにしたタンクトップは
ライムグリーンのボーダー。

はっとしました。

それだけではなく
キッチンにいったら
つぎつぎに
ライムグリーンのものが
目にとびこんでくる!

わ!
うちにこんなに
ライムグリーンのものがあったんだ!

と、しょうじきびっくりしました。

ふだん意識していないと
「ある」ことにきづけないのだと
つくづくかんじました。

それは、じぶんじしんのこと、
じぶんのいるばしょ、
じぶんのまわりのひと…
そのすべてが
おなじことで

じぶんが、じぶんの
もしくはそのひと、そのものの
なにをみているか
なにをみようとしているか。

じぶんがみたいものを
みたいようにみている、という
目覚めの意識とつながるものでした。

ひごろ、ライムグリーンという色を
生活するうえで意識していなかった。
でもメルマガによって
「ライムグリーン」にフォーカスをはじめたら
そのとたんにバンバン視界に
ライムグリーンがはいってきました。

わたしたちは、
よのなかを、げんじつを
みたいようにみている。
そのとおりのげんじつになっている。

げんじつは、フォーカスしだいで
どんどん変化する。

それを鮮明に体感しました。

これは
きょうのわたしには
強烈なメッセージでした☆




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うちゅうのながれにのっている☆







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by carta-de-mami | 2017-06-14 23:44 | 目覚めの意識 | Comments(0)

『第二章がはじまる』

きのうの朝、庭にでて
さいきん植えたハーブに水やり。
そしてちょっとずつ、摘ませてもらって

ちょっとまえまでのわたしは
庭をどうしていいかわからないで
もてあましていたなぁ。
蚊もいっぱいでて
庭しごとなんてぜったいむり!っておもってたのに
この変化ってすごいなぁ

なんておもいながら
いえにはいろうとしたら

『第二章がはじまる』

とメッセージ。

なにげなくひとりごとを
あたまのなかでつぶやくと
こんなふうにメッセージがきます。

そういえば…
げつようびからおなかをこわしていて
おとといのよるまで不安定だったのに
きのうの朝は、きゅうにおちついたのでした。

なんだか、浄化がひととおり済んだかのよう。

そして、きのういちにちすごしてみて
やっぱり
なんとなく

第二章、はじまったんかな?

というようなふんいきでした。

おなかをこわすまえからも
じぶんの内側の変化がめまぐるしく
どんどんかわっていくのをかんじていました。

庭のことも、おおきな変化です。
いまのいえにすんでから
ほんとうにてをかけていなくて
両親が実家からくるたびに
あれやこれやアドバイスしてくれていたのですが
なんせ蚊の大群にへきえきしていて
まったくやるきがでなかったのです。

きっかけは、庭に敷かれたタイルの
目地の草だけでもとってみようとふとおもったこと。
タイルのぶぶんがきれいになったら
そのまわりも…となって

ひさびさに苗を植えようかな、とおもい
ハーブを植えてみたら、かわいくてかわいくて。
いままでもハーブはすきでしたが
植えては枯らす、をくりかえしていたのです。

それが、このたびは
庭にでるのがすっかりたのしくなり
まいにち、ようすをみにいっては
はなしかけ、
おおきくなるようすをみまもっているという。

わたしはもともと、
新潟のいなかそだちで
たんぼにかこまれていきてきました。
水がとってもきれいで
夏でもつめたい。
いまおもうと、すばらしい環境。

うまれながらにして
山と川はみぢかなもの。

そのころのじぶんを
なんとなく、おもいだしつつあります。

ずっと、あたりまえすぎてわからなかったけど
わたしは、とっても
いきものがすきだということも
はっきりきづきました。

爬虫類はだいすき。
虫もわりとへいき。

庭にあらわれたりすると
ここでいきてるんだなあ、とかんじて
たまらなく、応援したくなります。

いまは、植物にもおなじ感覚で
せっすることができるようになって
ものすごい変化ともかんじるし
これが本来のわたしなのか、とも
かんじています。

生きとし、生けるものに愛を感じる。

「じぶんが、じぶんにかえっていく」
というプロセスが
どんどん進行しているようにかんじます☆








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うちゅうのながれにのっている☆







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by carta-de-mami | 2017-05-21 01:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)

これも、恩恵☆

ほんじつ、中学校の保護者会。
どのがっこうも、そうだとおもいますが
年度はじめはきまってPTA活動の
クラスの委員の選出という
緊張感がはりつめる時間帯があります。

うまいことすべての委員に立候補してくれているひとが
いればもんだいないのですが
そんなことはまずなくて
さらに最終学年ともなるとさらにハードルはあがり
7つの委員にたいし
次女のクラスでの立候補は皆無でした。

そのばでひきうけてくれたかたが3名。
のこる4つの委員をくじびきできめることになりました。

「いままでかるがるスルーしてきたんだから
ことしもだいじょうぶだろう」

とおもいつつも、

「大天使ミカエル、
わたしは委員をやりたいとはおもっていません。
でもひきうけたほうがわたしにとって
よりよいのであれば
それによる恩恵をうけとれるように
サポートしてください」

とミカエルにおねがいしてから
委員をきめるくじびきにさんか。

けっか、
みごとにあたりくじをひきあて
とある委員にきまりました。

ひいたしゅんかん、

うわ!!

とおもいました。
まったくやりたくないことが
まわってきてしまった…

でも。
やっぱり、意識が目覚めていると

「これも恩恵、やるしかない」

とすぐにおもえるのです。
じっさい、ミカエルにおねがいして
このけっかでもありますから
わたしとしては、いやだろうとなんだろうと
このながれを信用するよりほかに
選択肢はありません。

さらにすごいのは

「委員にきまったひとは
さいしょのしごとが
4月19日の新旧委員会」

といわれたこと。

4月19日。
…午後は「目覚めのコース町田校」の初日!
ほんらいなら、午前中によていをいれるなんて
ぜったいにありえない日です。

つごうがつかなければ
欠席してもいいのですが
わたしにとって重要なのは
1年間いっしょにかつどうするひとたちとの
顔合わせの日でもある、ということ。

これはちょっとむりしても
いっとこう、とおもいました。

3年前に委員長をひきうけたことはありますが
それ以来、ちょっと遠ざかっていた中学校。
がっこうつながりのひとたちともほとんど
あう機会がなかったところに
このながれ、っていうのにも

な~んかいみあるんじゃないかな?

とおもえたりして…

とにかく
ないてもわらっても
中学校とかかわる、さいごの1年です。
長女がおせわになってから
あわせて6年間のかんしゃのきもちで
あくまでやれるはんいでとりくむつもりです。

そしてうれしかったこともありました。

8年前、小学校の本部役員になったとき
まったく会計の知識がないわたしに
てとりあしとり、ひきつぎをしてくれたMさん。

おたがいの次女がおなじ学年で
なんとなくごえんをかんじていたかたです。

せんじつ、わたしのいまのかつどうや
講座のはなしをさせていただいてから
このブログをよんでくださっているとききました。

「マミちゃんのやっていることには
すごくきょうみがあるけど
いつもにっていがあわないうえに、
しごともいそがしくなっちゃって。

でも、
そうだよね、そうだよね
っておもいながら
ブログ読んでる。
たのしみにしてるから
いっぱい更新して!」

という、とーってもうれしいおことばを
いただきました。

こどものがっこうつながりのかたに
ブログをよんでいただいて
たのしみにしているといわれたのは
はじめてのことです。

Mさん、ほんとうにうれしいです。
ありがとうございます☆

なんとなくかんじてはいたけれど
ことしは、「目覚めの意識」の
つたわっていくひとやばしょが
ちがったかたちで
ひろがっているのかもしれません☆












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うちゅうのながれにのっている☆

4月19日よりスタートの町田校残席1名さま





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by carta-de-mami | 2017-04-14 19:36 | 目覚めの意識 | Comments(0)

じぶんファースト☆

2月8日のブログ
「ジャッジとニュートラル☆」のつづきのないようです。

だれかにしんぱいをかけるのでは、と
まわりをきづかって
じぶんの感情をおさえていることはない、と
おつたえしました。

「いいこ」にも「優等生」にも
なるひつようはない、と。

くわしくおつたえすると
まわりのひとをきづかって
へいせいをよそおっているときは
「むりしている」じょうたいだとおもいます。

うちがわにある感情は
おさえつけられている。

じぶんのいしきがせかいを創っている。
だとしたら、いちばんだいじにしなくてはならないのは
じぶんなのでは。
じぶんがしあわせであたたかなきもちでいられたら
めにするもの、であうひとは
みんなしあわせで、あたたかです。

じぶんにむりをさせない
がまんさせない

ということが

じぶんをたいせつにする
じぶんをあいする

ということなのでは。
それには、いまじぶんがむりしてないか、に
きづくひつようがあるのですが。

ひとりでいたいとおもうなら
まわりにあわせず、そうしたほうがいい。
まわりのひとは、そうさせてくれるはず。

だれかにきいてほしいなら、はなしたほうがいい。
きいてもらってわるい、ということはないのです。
そのはなしをきくことで、あいてのひとは
あなたの役にたち、感謝してもらえます。
よろこびとしてかえってきます。

だれもが「じぶんファースト」で。

そして
なんのためらいもなく
むりせずできる範疇のことを
おしみなくできていれば
もうそれだけで、じゅうぶんに
ひとのやくにたてています。

そのひとらしく、むりのないかたちで
しあわせでいられます☆













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☆うちゅうのながれにのっている☆





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by carta-de-mami | 2017-02-17 10:55 | 目覚めの意識 | Comments(0)
さいきん、いろんなひととはなしていて
おなじことをつたえるきかいがつづいたので
そのことについておはなしします。

いま、たとえば

おちこんでいたり
不安をかんじていたり
かなしいきぶんだったり

と、「ネガティブ」とくくられている状態だとして

この状態を、なんとかしよう!
なんとかしなければ!

とおさえつけることによって
いまおもてにでている「ネガティブ」たちは
おされまいと抵抗します。
むしろさらにきょうりょくに
そんざいかんをしめしてきます。

そういうときは
さからわないで
その「ネガティブ」たちのモーレツなアピールが
しずかにおさまるのをひたすらまつ、のが
むりのない対処法です。

感情の波にながされているときには
からだのちからをぬくと
とりあえずういていられます。
そのまま、ながれにみをまかせてただよっていれば
すくなくとも、
おぼれることはない。

そうして
波がおさまるのをまちます。
おさまったあとも
ちからをぬいていると
あとはひとりでに
目的地へはこんでもらえます。

波がおさまったあとに
うまいことはこばれているときの状態は
「ニュートラル」な意識です。

なにごとも
「ニュートラル」がポイント。

ものごとを
いい、とか
わるい、とか
きめているのは
じぶんの意識。
いわゆる「ジャッジ」の状態。

ほんらいはよくもわるくもなく
「ニュートラル」なものです。

感情についても
いい感情、わるい感情、というのは
ほんとうはありません。
じぶんが
いい、わるい、を
きめているだけなのです。

だから
おちこんでいるじぶんや
ふあんになっているじぶんを
「ダメ」だとおもわなくてもいい。

いまは、こういうじぶんなんだな
くらいにおもっていればそれでだいじょうぶです。

感情って
ただのバイブレーションですから。
あぁ、でてきたな、くらいのものでしかないと
わたしはおもっています。

なんでだろう、とか
さぐろうとすると
そこに意識がむいて
「ネガティブ」に質量をあたえてしまう。

あるがまま
でいればいいし
まわりのひとにしんぱいをかけちゃうとか
そんなきづかいも、しなくてだいじょうぶです。

「いいひと」でいるひつようはなく
「優等生」でいるひつようもない。

ただ、じぶん、でいることが
いちばんたいせつだとおもいます☆










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☆うちゅうのながれにのっている☆





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by carta-de-mami | 2017-02-08 19:34 | 目覚めの意識 | Comments(0)

お花がきた☆

きのうあたり、ちょこっと家からでたときに

お花ほしいなぁ

と、ちらっとおもっていました。

そしたら…うちの天使ちゃんがはこんでくれました☆
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中2の次女は
ただいまがっこうの授業のいっかんで
職場体験中。
それがお花屋さん。

きょう、職場体験中に
アレンジメントをおしえてもらったそうで
自作のをもちかえったのです。

てつだっていただいたとのことでしたが
とってもきれいです。
ひとしきり感動したあと撮影会しながら

そうだ!わたしお花ほしいっておもったんだった!
ちらっとねがったら、こういうルートでとどいたんだ!

ときづいて、また感動☆

感動のおすそわけを、出張中のダンナさんにLINEでおくりました。

彼はただいま、ここ数日トップニュースになっているほどの
大雪にみまわれている鳥取の山奥にいます。
きのうはモーレツな積雪による大渋滞に巻きこまれ
きょうは出張先の工場がやっぱりこの大雪で閉鎖。
ホテルにとじこめられ、うつうつとしていたそうで
この画像を、とてもよろこんでいました。

ちらっとねがったら、望みがかない
まわりにいるひとをも、しあわせにする。

こんなふうに
うちゅうから
いつも恩恵をうけとっているんだなぁと
しみじみ感じています☆


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うちゅうのながれにのっている☆



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by carta-de-mami | 2017-01-24 19:33 | 目覚めの意識 | Comments(0)

ナカガワマミ:『目覚めの意識』実践・研究家。インフィニット・グレイス「目覚めのコース」認定講師。西洋式レイキティーチャー。『目覚めのコース』、おはなし会の開催、イベント企画・運営など。たいせつなことはほんとうにシンプル。それでいいのか!ときづいていくことであらたなせかいにシフトする。変化することは、たのしいこと。あらたなじぶん、ほんとうのじぶんにつながってたのしくしあわせにすごしましょう☆彡


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